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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)2177号 判決

原告(反訴被告)

板井正和

被告(反訴原告)

高木貞治

主文

一  昭和五六年八月一日午後一〇時五〇分頃、京都府城陽市大字寺田小字大林六九番地先国道二四号線大久保バイパス上において発生した交通事故につき、原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する金二五七万九一〇二円及びこれに対する昭和五六年八月一日から完済まで年五分の割合による各金員を超える損害賠償債務は、存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金二五七万九一〇二円及びこれに対する昭和五六年八月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は本訴・反訴を通じてこれを四分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

A  本訴請求関係

一  原告(反訴被告、以下「原告」という。)

1 昭和五六年八月一日午後一〇時五〇分頃、京都府城陽市大字寺田小字大林六九番地先国道二四号線大久保バイパス上において発生した交通事故に関し、原告の被告(反訴原告、以下「被告」という。)に対する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

2 本訴費用は被告の負担とする。

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 本訴費用は原告の負担とする。

B  反訴請求関係

一  被告

1 原告は被告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する昭和五六年八月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 反訴費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  原告

1 被告の請求を棄却する。

2 反訴費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

A  本訴請求関係

一  請求原因

1 交通事故の発生

(一) 日時

昭和五六年八月一日午後一〇時五〇分頃

(二) 場所

京都府城陽市大字寺田小字大林六九番地先国道二四号線大久保バイパス上

(三) 態様

原告運転の普通乗用自動車(京五七の五六〇五号、以下「原告車」という。)が、被告運転の普通乗用自動車(京五七と六六一号、以下「被告車」という。)と衝突し、被告が顔面打撲・挫創、胸部打撲、外傷性腰痛症、両膝打撲・挫創、右手打撲・挫創の傷害を負つた。

2 責任

原告は、原告車の運行供用者として、被告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

3 被告の症状

本件事故当初、被告に対する診断は、加療約三週間ということであつたが、一〇八日間入院した後、なお腰痛症、外傷性頸椎症等の病名で治療を継続し、漸く昭和五七年五月末日症状固定するに至つた。そして、被告の後遺症には、他覚的所見による裏付けがないのであるから、局部に神経症状を残すものとして、自賠責等級表一四級一〇号に該当する。

4 被告の損害

(一) 治療費等 一九〇万九二三〇円

(1) 京都木津川病院及び律心堂の各治療費 一八九万四五三〇円

(2) コルセツト代 一万四七〇〇円

(二) 入院雑費 六万四八〇〇円

一日六〇〇円として一〇八日間

(三) 通院交通費 一六万五六〇〇円

一往復一三八〇円で、通院実日数一二〇日間

(四) 休業損害 三四〇万五一五〇円

被告の月収は三四万〇五一五円であり、昭和五六年八月より症状が固定した同五七年五月末日まで一〇か月分

(五) 逸失利益 三八万〇二一九円

被告の月収三四万〇五一五円、後遺症等級は前述のとおり一四級であるから、労働能力喪失率五パーセント、喪失期間二年でその新ホフマン係数一・八六一である。これらの数値により逸失利益の現価を算定すると、右のとおりとなる。

(六) 慰藉料 一四五万円

(1) 入通院分 一〇〇万円

(2) 後遺症分 四五万円

5 過失相殺

本件事故現場は、幅員約九・六メートルの南北に通じる道路と、幅員約三・八メートルの東西に通じる道路とが直角に交わる見とおしのよい交差点であり、当該道路を制限時速五〇キロメートルをこえる六〇キロメートルで南へ直進してきた被告車と、東から西へ徐行し北方へ右折しようとした原告車とが出合頭に衝突したものである、従つて、被告にも制限速度違反、前方不注視、安全運転義務違反の重大な過失があり、被告の総損害額に対し少くとも二割以上の過失相殺をすべきである。

6 弁済等 九五一万〇七三〇円

(一) 原告は、被告に対し、次のとおり弁済した。その合計額は八三九万〇七三〇円である。

(1) 治療費、マツサージ代等 一八九万四五三〇円

(2) コルセツト代 一万四七〇〇円

(3) 入院雑費、通院交通費等 二九万一五〇〇円

(4) 休業補償、慰藉料等 五四四万円

(5) 後遺症補償等 七五万円

(二) 仮処分による支払金 一一二万円

原告は被告に対し、本件交通事故につき発せられた仮処分命令に基づき、昭和五七年九月より同年一二月までの四か月間、一か月につき二八万円を仮に支払つた。従つて、万一原告の損害賠償債務額が右の弁済額を超過する場合には、右仮処分による仮の支払金をもつて弁済に充当ないし対当額で相殺をする。

7 結論

以上の次第であるから、原告は被告に対し、大幅な超過支払をしており、原告が被告に負担する損害賠償債務は存在しない。よつて、原告は、その確認を求める。

二  答弁

1 請求原因1の事実は認めるが、そのほかに被告は、外傷性頸椎症の傷害を負つた。

2 同2の主張は認める。

3 同3のうち、被告の症状固定の時期及び後遺症等級は否認する。これらの点を含めて、被告の症状等は反訴請求原因3のとおりである。

4 同4の損害は、反訴請求原因4のとおりである。

5 同5のうち、道路の幅員及び原告車と被告車とが衝突したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告車の進行道路は優先道路であるところ、原告車は右方安全を確認せず、一旦停止もしないまま交差点に進入したため、本件事故を惹起したのであつて、被告に落度はない。万一、被告に何らかの落度があつたとしても、過失相殺に値する程のものではあり得ない。

6 同6の事実は認める。

B  反訴請求関係

一  請求原因

1 交通事故の発生

発生の日時、場所及び態様は、次に付加するほか、原告の主張と同じ。

被告は、本件事故により原告主張のほか、外傷性頸椎症の傷害を負つた。

2 責任

(一) 原告は、原告車の所有者として、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条の規定に基づき、本件事故により被告が蒙つた人的損害を賠償する責任がある。

(二) なお、原告と被告との間には、昭和五六年九月、次の約定によりいわゆる示談契約が成立した。

(1) 被告の入通院中の治療費及び必要な経費は、原告が全額負担する。

(2) 被告の治療中の休業損害は、被告が就労可能となるまで原告が支払う。

(3) 後遺障害補償については、誠意をもつて協議する。従つて、被告は、後記損害のうち、治療費、コルセツト代、通院交通費、入院雑費及び休業損害については、先ず右示談契約に基づき原告に請求する。

3 治療の経過

(一) 被告は、前記傷害により、昭和五六年八月二日から同年一一月一六日まで一〇七日間京都木津川病院に入院し、その後昭和五八年六月一五日までの間に二二四日通院した。なお、被告は、右の間の昭和五七年三月五日から同月三一日までの間に二〇日律心堂に通院し、腰痛症の理学療法を受けた。

(二) 被告は、症状固定日たる昭和五八年六月一五日現在において、頸・腰部運動制限、後頭・項部痛、腰部痛が残存し、自動車の三時間以上の運転及び重量物の運搬が不能となり、転職を余儀なくされている。これは、少くとも自賠責等級表九級一〇号に該当する。

4 損害

(一) 治療関係費 二九一万六五三五円

(1) 京都木津川病院 二八五万〇八三五円

(2) 律心堂 五万一〇〇〇円

(3) コルセツト代 一万四七〇〇円

(二) 入院雑費 七万五六〇〇円

一日七〇〇円として一〇八日間

(三) 通院交通費 三〇万九一二〇円

一往復一三八〇円で、通院実日数二二四日間

(四) 休業損害 九六五万〇七九〇円

被告は、本件事故前、藤本運輸株式会社(以下「藤本運輸」という。)の従業員として、同社が株式会社タカラブネ(以下「タカラブネ」という。)から請負つていた商品の配送に従事していたほか、タカラブネの業務として、その得意先に対し隔日ごとに電話で注文とりに従事していた。それとは別に、被告は、右の各仕事の余暇に、誠晃理研株式会社(以下「誠晃理研」という。)で、医療機器販売の仕事に従事していた。

なお、被告は、藤本運輸への復職を希望していたものの、健康状態が就労に堪へないため、昭和五七年八月末日付で退職し、同年九月以降前記症状固定日たる同五八年六月一五日までの九・五か月間、他の職に就き一か月一八万円の割合により、合計一七一万円の収入を得た。

(1) 藤本運輸分 七八四万八七四八円

被告の藤本運輸における賃金形態は、タクシーにおけるいわゆるリース制に似ており、水揚収入の一〇パーセントを藤本運輸に納め、更に別表(イ)ないし(ヌ)の諸経費を差引いた残額が、被告の所得となる。しかし、休業損害の算定に当つては、休業により不要となる経費(別表の主として変動経費)と、休業にかかわらず必要とする経費(別表の固定経費がその主たるもの)を区別しなければならない。

そこで、事故当日の昭和五六年八月一日から前記のとおり退職に至る同五七年八月三一日の丸一三か月間は、事故前三か月たる昭和五六年六月ないし八月の収入合計一五二万三〇三八円(別表収入欄)から同期間の変動経費(別表(ヲ))の合計四三万七〇九八円を控除した一〇八万五九四〇円を三で除した一か月三六万一九八〇円を基礎として算出した四七〇万五七四〇円の損害を蒙つた。

次に、退職後の昭和五七年九月一日から症状固定の同五八年六月一五日までの九・五か月間は、右事故前三か月の前記収入合計一五二万三〇三八円から変動経費(別表(ヲ))の合計四三万七〇九八円及び固定経費のうち純粋固定経費(別表(カ))の合計九万三四一〇円を控除した九九万二五三〇円を三で除した一か月三三万〇八四三円を基礎として算出した三一四万三〇〇八円の損害を蒙つた。

(2) タカラブネ分 一四八万七〇四二円

被告は、前記のとおりタカラブネの電話による注文とりの業務に従事し、事故前三か月間の平均賃金は一か月四万八三一三円であつたから、これに休業期間二二・五か月を乗じた一四八万七〇四二円の損害を蒙つた。

(3) 誠晃理研分 二〇二万五〇〇〇円

被告は、事故前一か月に四、五日間、自分の車で誠晃理研の得意先病院に行つて見積りや配達をし、一か月一〇万円の収入を得ていた。なお、使用車両のガソリン代一か月一万円は、被告の負担であつた。従つて、一か月九万円に休業期間二二・五か月を乗じた二〇二万五〇〇〇円の損害を蒙つた。

(4) 以上(1)ないし(3)の損害から前記休業期間中の稼働分一七一万円を控除した残額が、冒頭掲記の休業損害である。

(五) 逸失利益 一五六五万五二七二円

被告は、前記九級相当の後遺障害のため、三五パーセントの労働能力を喪失した。これは、すくなくとも一〇年間は続くとみられるから、前項休業損害算定の基礎にした(1)の藤本運輸退職後の月額所得三三万〇八四三円、(2)、(3)の月額収入合計四六万九一五六円に一二か月を乗じた年額の三五パーセント分につき一〇年間分の現価を求めると、ホフマン係数は七・九四五であるから、冒頭掲記の逸失利益額となる。

(六) 慰藉料 六一八万円

(1) 傷害分 二〇〇万円

(2) 後遺症分 四一八万円

(七) 既払額 九五一万〇七三〇円

(八) 弁護士費用 一〇〇万円

5 結論

よつて、原告は被告に対し、損害金二六二七万六五八七円の内金一一〇〇万円及びこれに対する本件事故当日である昭和五六年八月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁及び主張

1 請求原因1のうち、被告が外傷性頸椎症の傷害を負つた点は否認し、その余の事実は認める。

2 同2の(一)の事実は認める。

同2の(二)の主張は、本件口頭弁論終結の期日におけるものであるから、時機に遅れた攻撃方法であるうえ、その主張に近似した内容の書面が存在するけれども、その文言に照らし、確定的な示談契約は成立していない。

3 同3の(一)の入通院の事実は認め、同(二)のうち被告が転職したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告の症状固定日は昭和五七年五月末日であり、後遺症等級は自賠責等級表一四級一〇号に該当する。

4 同4の損害については、本訴請求原因4のとおりである。

5 過失相殺及び弁済等の主張は、本訴請求原因5、6のとおりである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、それをここに引用する。

理由

一  交通事故の発生

昭和五六年八月一日午後一〇時五〇分頃、京都府城陽市大字寺田小字大林六九番地先国道二四号線大久保バイパス上において、原告車と被告車とが衝突し、被告が顔面打撲・挫創、胸部打撲、外傷性腰痛症、両膝打撲・挫創、右手打撲・挫創の各傷害を受けたこと、以上の事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三〇号証によると、被告は、右以外に外傷性頸椎症の傷害をも負つた事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

二  責任

そして、原告が原告車の運行供用者として、被告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき責任があることは、当事者間に争がない。

なお、被告は、原告と被告との間に、昭和五六年九月、反訴請求原因2の(二)(1)ないし(3)の示談契約が成立した旨の主張をするところ、原告において時機に遅れた攻撃方法であるというのであるが、同主張により格別訴訟の完結を遅延せしめたとは認め難く、同主張は採用できない。

そこで、成立に争のない乙第六号証によると、原告と被告との間に、昭和五六年九月被告主張の趣旨の合意が成立した事実を認めることができる。しかし、同合意が、原告において被告が蒙つた損害を賠償するという以上の意味を含むものとは解し難く、独立の主張とするには足りないというべきである。

三  治療の経過

1  被告が前記傷害により、昭和五六年八月二日から同年一一月一六日まで一〇七日間京都木津川病院に入院し、その後昭和五八年六月一五日までの間に二二四日通院したこと、なお、被告が右の間の昭和五七年三月五日から同月三一日までの間に二〇日律心堂に通院し、腰痛症の理学療法を受けたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

2  そして、成立に争のない乙第七号証によると、京都木津川病院の中野進医師(以下「中野医師」という。)は、昭和五八年六月一五日付で被告の症状が固定した旨の診断をした事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

これに対して原告は、被告の症状固定の時期が昭和五七年五月末日であると主張するから、検討する。

(一)  成立に争のない甲第一四号証、同第二四号証の一、二、同第三〇ないし第三三号証に、証人中野進の証言及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 被告は、事故当日、京都木津川病院において診察を受け、顔面打撲、挫創、胸部打撲、外傷性腰痛症、両膝打撲・挫創、右手打撲・挫創の傷病名により約三週間治療を要する見込みと診断され、翌八月二日、同病院に入院したのであるが、入院時の診断では、右のほか外傷性頸椎症の傷病名が付加された。なお、被告は、入院の際に、既往症として腰痛の申告をした。

(2) 退院は、前叙のとおり昭和五六年一一月一六日であるが、その間に持続した被告の主な愁訴は、頭痛、項部痛、腰痛であるが、それを裏付けるに足る他覚的所見はみられず、担当医師において、被告の訴えが過剰であるとの趣旨を三回カルテに記載しており、看護記録中にも同旨の記載が散見される。

(3) 被告は、退院の翌日から原告が症状固定日として主張する昭和五七年五月末日までの間に、一〇一日右病院へ通院しているところ、愁訴は腰痛が中心で、ほかに頭痛、項部痛を訴えており、同五七年二月中旬からの治療は、殆ど対症療法である理学療法であつた。なお、被告は、右の間の同年三月五日から同月末日までの間に二〇日、律心堂に通院し腰痛症の理学療法を受けた(以上のうち通院の事実は、当事者間に争がない)。

ところで、中野医師は、同年二月八日、生保リサーチセンターの職員西村陽雄に対し、同年三月末を被告の症状固定日の目標にし、なるべくそのようにしようと述べ、また、同年四月末に、東京海上火災保険株式会社の職員冨林某に対し、同年六月上旬を被告の症状固定日の目標にしていると述べた。同医師の右発言の意図は、目標設定により、被告にそれに副う意欲を懐かせるにあり、他の担当医師と共に被告に対し、例えば、次の如き働きかけをしていた。

(ア) 飯塚康公医師は、同年四月二〇日、被告に対して、そろそろ考えたらと助言しているところ、被告は、現在の保険がきれたら生活に関係するので、もう少し余裕が欲しいと答えた。

(イ) 同医師が右のことをカルテに記載していたところ、同月二三日、これを読んだ中野医師は、六月上旬を症状固定日の目標にし、その旨を保険会社にも伝えると呼応し(これが冨林某への発言とも符合する)、被告への働きかけもした。

(4) 医師による右のような試みも、結局のところ効を奏することなく、一二三日以上通院し、昭和五八年六月一五日のいわゆる症状固定日を迎えた。

ところで、中野医師は、原告訴訟代理人梅谷亨の昭和五七年七月一四日付書面による照会に対し、同年八月一一日付書面をもつて、明確には言うことができないが、被告の症状が一進一退の状態になつたのは、一応六月下旬頃かと思われること、しかし、現時点においては、未だ症状が固定したとはいえないとの回答を寄せた。

(5) なお、被告は、昭和五七年九月以降、宅配の仕事に従事し、一日三時間位はトラツクの運転もしていた。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(二)  右認定事実によると、被告の症状には心因的要素が大きく作用していることは否定できない。しかし、本件事故は、後記過失相殺の項で述べるように、かなり激しい衝突事故であつて、それが被告の心身に及ぼした衝撃は相当なものであつたと察せられるだけに、右の心因的要素を全く度外視して、症状固定を考察することは相当でない。ただ、前項(3)の(ア)で認定した飯塚医師と被告との遣取りは、被告に不純な動機が介在すると疑われても、やむを得ないものがあるというべきである。以上の諸点に、右認定の諸事情を総合考慮すると、被告の症状は、遅くとも被告が宅配の仕事を始める直前の昭和五七年八月末日には固定したと解するのが相当である。

3  次に、被告の後遺症状とその程度について、検討する。

前掲甲第三三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二七号証によると、他覚的所見に乏しいが、自覚症状の頸・腰部痛を考慮するという理由と思われるが、自賠法施行令別表の後遺障害等級第一四級一〇号と認定されたところ、被告訴訟代理人川瀬久雄は、右認定に異議を申し立てるべく、京都木津川病院に意見を求めたこと、これに対し、中野医師は、被告の腰痛について「外傷により腰部に衝撃をあたえ、腰椎下部及び支持組織、神経根に何らかの損傷を起した」ことによる腰痛であろうと考えるとの意見を寄せた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

そして、証人中野進の証言によると、右の意見と同旨以上の原因は想定できないものの、被告の腰痛は単に心因的なものとして片付けることのできない客観性のある症状で、或いは前認定の既往症との関連性があるかも判らないが、とにかく仕事としては、自動車の運転業務は避け、事務の仕事が適しているというのである。

確かに、被告が本件事故により心身に受けた衝撃は、前述のとおり相当なものであつたことと、右中野証言に鑑みると、被告の腰痛を局部に神経症状を残すものに該当すると断ずることは相当でない。ただ、同症状が既往症と関連がないとも言い切れない点に留意すべきであろうし、稼働能力についても、腰部の支持組織が弱つていたとみられる段階においてさえ、とにかく三時間位はトラツクを運転して宅配の仕事ができたのであるから、後遺障害等級の位置づけはともかくとして、さきに認定した症状固定日後、二年六か月間は労働能力が平均して二〇パーセント減退したものと認めるのが相当である。

四  損害

1  治療費 二九一万六五三五円

(一)  京都木津川病院 二八五万〇八三五円

さきの認定事実によると、中野医師が症状固定日とした昭和五八年六月一五日までは、被告においてすくなくとも保存的な治療を受ける必要があつたと解するのが相当であるところ、成立に争のない乙第八ないし第一六号証によると、入通院治療費として二八五万〇八三五円を要した事実を認めることができる。

(二)  律心堂 五万一〇〇〇円

五万一〇〇〇円の治療費を要したことは、当事者間に争がない。

(三)  コルセツト代 一万四七〇〇円

一万四七〇〇円を要したことは、当事者間に争がない。

2  入院雑費 七万五六〇〇円

一日七〇〇円として、入院期間一〇八日分につき、七万五六〇〇円が相当である。

3  通院交通費 三〇万九一二〇円

通院一往復に一三八〇円を要したことは当事者間に争がなく、被告が自認する通院実日数二二四日につき、三〇万九一二〇円である。

4  休業損害 五二九万〇四八〇円

成立に争のない乙第一ないし第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二九号証(後記措信しない部分を除く)、被告本人尋問の結果により真正に成立したと認める乙第四号証に、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件事故当時、藤本運輸に二トントラツク(冷凍庫付)持ち込みの社員として勤務し、同運輸が専属的に下請をしていたタカラブネ製造の洋菓子をチエイン店に配送する仕事に従事していたこと、一日の配送は、午前五時頃から遅くとも同一一時三〇分頃までにはほぼ終了すること、被告は、時間の余裕があるところから、タカラブネで、電話による注文取りの仕事に従事していたこと、藤本運輸における昭和五六年六月ないし八月分の各収入及び持ち込み自動車関係の経費は、六月分の収入を五〇万二〇一九円に訂正するほか別表収入欄のとおりであること、もつとも、同経費のうち、別表(イ)ないし(ホ)は休業により不要となるから、休業損害の算定上控除すべきであること、タカラブネの収入は、同年五月分四万六七八〇円、六月分五万一三八〇円、七月分四万六七八〇円であつたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する甲第二九号証の記載部分は採用できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

なお、被告は、誠晃理研の仕事もし、月額一〇万円の収入があつたと主張し、これに副う証拠として、前掲甲第二九号証の一部、乙第五号証及び被告本人尋問の結果があるけれども、同第二九号証のその余の記載部分などに照らして未だ明確な裏付けがあるとはいえないのであつて、措信するに足らず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

そこで、右認定事実により休業損害を算定すると、次のとおりになる。

(一)  藤本運輸 四六六万二四一一円

事故当日の昭和五六年八月一日から症状固定日である同五七年八月三一日までの一三か月間につき、事故前三か月の別表収入の平均額五〇万四三四六円から、同期間の別表(ヲ)の経費の平均額一四万五六九九円を控除した一か月三五万八六四七円を基礎として、その一三か月分の四六六万二四一一円が休業損害となる。

(二)  タカラブネ 六二万八〇六九円

事故前三か月の収入合計一四万四九四〇円を三で除した一か月四万八三一三円(円未満切捨)を基礎として、その一三か月分の六二万八〇六九円が休業損害である。

5  逸失利益 二一二万〇五五六円

前叙のとおり、被告は、後遺障害により症状固定日後二年六月間は労働能力が平均して二〇パーセント減退したと認めるのが相当であるところ、さきに認定したように、被告は、昭和五七年八月末日をもつて藤本運輸を退職しているから、別表の諸経費のうち同表(ヨ)を除く経費が総て不要となつた。従つて、逸失利益算定の基礎とすべき藤本運輸の前記平均収入額五〇万四三四六円から、経費の平均額一七万六八三六円を控除すべきであり、それによると一か月三二万七五一〇円、これにタカラブネの一か月平均収入四万八三一三円を加えた合計額三七万五八二三円の労働能力減退分二〇パーセントは、一か月につき七万五一六四円(円未満切捨)であるから、その三〇か月分のホフマン係数二八・二一二四をもちいて逸失利益の現価を算定すると、二一二万〇五五六円(円未満切捨)となる。

6  慰藉料 二七五万円

(一)  傷害分

一二五万円をもつて相当と認める。

(二)  後遺症分

一五〇万円をもつて相当と認める。

7  まとめ

以上1ないし7の損害合計額は、一三四六万二二九一円である。

五  過失相殺

原告が過失相殺の主張をするから、この観点より検討する。

成立に争のない甲第四、第五号証、同第一一ないし第一三号証、同第一九号証(後記措信しない部分を除く)、同第二〇号証に、原告(後記措信しない部分を除く)及び被告各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場の交差点は、南北に通ずる国道二四号線と東西に通ずる市道が直角に交差している場所であり、すくなくとも同国道北行車線及び同市道西側から、それぞれ同交差点に進入する際の相互の見通しは良好であつて、交通整理は行われていない。右国道は幅員約九・五五メートルで、中央線により右交差点内を含めて南行及び北行各一車線に区分され、その各外側に路側帯が設けられている。他方、右市道西側は、幅員約三・八メートルで、交差点に向いやや上り坂になつている。なお、同国道の制限時速は、五〇キロメートルであつた。

2  被告車は、右国道南行車線を進行して交差点に差し掛り、時速約五五キロメートルで直進しようとしていたところ、原告車が右市道西側から同交差点に入ると、いきなり被告車の進路を遮るように国道北行車線に向つて直線的に進行して来た。被告車は、それに気付き右転把して避けようとしたが避け切れず、被告車左側前部が原告車前部と衝突して、両車両とも大破し、原告も頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸部症候群、左膝挫創、背部挫創、右足関節挫傷及び胸部打撲の傷害を負つた。

以上の事実を認めることができる。甲第一九号証及び原告本人尋問の結果中には、原告車が交差点手前で一旦停車したかのようにいう部分があるけれども、仮に停車したのであれば安全の確認もしている筈であるのに、道交法所定の方法による交差点中央によつて迂回右折することなく、右認定のように、無謀ともいうべき右折進行をしていることなどに照らして、未だ措信するに足らず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右認定事実によると、被告車が走行していた国道は、優先道路に該当するから徐行義務はないものの、交差点内を通行するに際しては、できる限り安全な速度と方法で運転しなければならないところ(道交法三六条四項)、被告車は制限速度を超過する速度で交差点内を通過しようとしていたこと、そのことが事故の結果を増大したことは動かし難いこと、他方、原告車は、優先道路に進入するに際し、一旦停止をして安全を確認したと認め難いうえ、右折の方法が完全に間違つていることなどを総合考慮すると、被告が蒙つた損害につき、二〇パーセントの過失相殺を認めるのが相当というべきである。

すると、被告が蒙つた実損害は一〇七六万九八三二円である。

六  弁済等

そして、原告の被告に対する支払額が九五一万〇七三〇円であることは、当事者間に争がないけれども、そのうちには、仮処分命令による仮の支払金一一二万が含まれていることは、当事者の主張自体により明らかである。すると、右仮の支払金が弁済としての効力をもつものでないことはいうまでもないし、原告主張のように当然に弁済充当ないし相殺の自働債権になしうる性質のものでもないから、これを控除した残額八三九万〇七三〇円の限度で、前記実損害額から差引かれるべきである。

すると、残損害額は二三七万九一〇二円となる。なお、被告が弁護士に反訴の提起追行を委任していることは明らかであるから、それに要する費用のうち二〇万円の限度で本件交通事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

七  結論

以上の次第であるから、原告は被告に対し、二五七万九一〇二円及びこれに対する本件交通事故当日である昭和五六年八月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担しているというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、右を超える各債務が存在しない限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、被告の反訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容して、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

別表

〈省略〉

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